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ゴッホ in OSAKA

Category : -muSic/aRt-
つーわけで、行ってきました、大阪国際美術館。
ゴッホ展

「入場まで75分待ち」「館内にて10分待ち」「お食事まで10組待ち」
館内は館内で、都内の満員電車の焼き直しを見るようでした。
う・はー!
……………待ちマスヨー。ワカリマシタヨー。モマレマスヨー人波。

連休はこんなものなのでしょう…。
大阪で、ディズニーランド気分を味わえるもんなんですね。
アトラクションはないけどな。

さて、展示。
「ひまわり」については展示なしでしたが、「芸術家としての自画像」は見ることができました。

本などの印刷物で見るものと、実物は違うものでありまして。
特にゴッホは、絵の具を多くのっける描き方なので、油の光沢と凹凸の陰影で印刷ではわからない部分まで見ることができました。

「アルル近郊の花畑」を実際に見たら、印刷とのあまりの印象の違いにビックリ。
別の作品かと思った…。
好きになりました。この作品。

「芸術家としての自画像」も瞳の部分に光が入るようで(油の反射?)、見る角度によって違う楽しみ方ができました。

ここからは、ワタクシめの勝手なる思い込みの部分が多いので、あんまり気にしないのでほしいのですが、わたしはゴッホには無邪気さを感じます。

なんだろー。
「ひまわり」とか「黄色い家」とかさ、彼の理想とか希望とかの形ないものを混ぜ込んだ作品で、彼の考えを知らない人がその絵を見ても、ただ単なる「花」や「家」でしかないじゃないっすか。
確かに、彼の浮世絵に対する造詣の深さや、それを自分の作風に組み込んでいき自分の筆にしていくことで、後世の人間への影響は大きかったと思います。

それは現在を見れば判る結果論ですが。

「ひまわり」で「黄色い家」を飾りたい、とか、「黄色い家」でゴーギャンと芸術の世界を深めたい、とか私たちも日ごろ持っている願いや希望(人や物は違うと思いますが←あたりまえ)に近いものが、彼の作った作品にはあふれているから、愛されるのでは?
ともわたしは感じます。

ゴーギャンがアルルにやってくるのを心待ちにしていた、ゴッホってすごく無邪気で人間くさい。
自分が誰かの邪魔になっているかも、と感じてしまうゴッホって気持ちが過剰に細くて、不器用だ。
ぶっちゃけてしまうと、胸がキューンとなるくらい(死語?)切ないなぁ、まったくもう、こいつ。
とか思います。

愛しい、と感じます。


余談ですが、英語には日本語の「切ない」という意味にしっくりくる単語がないと聞きました。
わたしの思う「切ない」は「身を切るような痛みを伴う愛おしさ」なのですが、辞典的な意味だといろいろあるようです。

そんなこんなで、
なんだか、無性に切なくなってしまうゴッホ展の人ごみの中でした。

でもって、写真は展示会場横のクィーンアリス・アクアにて。
オサレさんだな…。

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