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東京タワー オカンとボクと、時々、オトン/リリー・フランキー

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tokyo




しまった。

これは入院中に読んじゃいかんかった。


真っ赤な顔して、ぐずぐずとティッシュ片手に読んでたら、ちょうど部屋に【退院のアンケート】を持ってきてくれた、担当看護師さんに「ど、どうしたんっ?!お腹いたいんかっ?!!」とヒドク心配されました。

ズ、ズビマゼン……ヂガヴンデズ。。

無事、全抜糸が終わったのに、危うく一日退院が遅れるところでしたYO…。

少年時代の「中川君」の話は、なんというか…茶色にナイトブルー混ぜちゃったような雰囲気で、訥々とゆったりと読んでいけたのです。

でも、オカン東京進出以降のお話は、なんだかそこまでの話とは違った趣きを醸し出していて、自分の読むスピードが上がったのを感じました。
今度は茶色にオレンジ混ぜちゃったような感じです。
↑って、意味不明。

要は、オカンが東京に来てからの方が、あたたかい感じがしたのです。
大人になった「中川君」が安心したのだろうなぁ、と個人的に感じました。

以下より本文引用がありますので、ご注意を。

「オトンの人生は大きく見えるけど、オカンの人生は十八のボクから見ても、小さく見えてしまう。それは、ボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ。」

「こんなに温かくて、優しい蒲団で寝るのはずいぶん久しぶりだった。」

「ありきたりのことが真面目に行われているからこそ、人間のエネルギーは作り出されるのだろう。」


親、というものは、不可思議で。
少なくとも、自分の親…というか、そこにいる自分の親と伝えられている人しか、わたしは親というものがないらしいワケで。

なので、そこからしか判断のしようがない上に、わたしは親になったこともないしで、謎だ、と思うことにしばしば突き当たりながらも、考えます。

どうして、自分の人生を子供に切り分けられるんだろう。
贅沢な話だと、重々承知はしているのだけれど、わたしは時々、その重さからどうにも逃げたくて仕方がなくなっていて立ち往生してしまい、前後不覚に陥ります。
気分だけですが。

どう考えても、中央に、「わたし」が置かれているような気になってしまって、「自分の人生を生きてくれ!」と言ってしまいたくなります。
それは、成人してからも変わらず、のような気がします。

もうそろそろ、いいんじゃなかろうか?
子供に関することは二の次とかでも。
どうしたらいいんだ。
抜け出せないじゃないか。

でも、これが親というものなのか?
少なくとも、わたしの目の前にいる人はこういうスタンスでやっていくんだろうな。
大事にできるうちに、しておかないとな。

と、この本を読んでちょっと思いとどまりました。
ありがとう。

作中にある、リリーさんが描いたのだと思われる入院時のイラストが、わたしにはひどく悲しく映りました。

自身に焼きついて離れない場面は、人それぞれあって、それをいろんなところに隠し持ち、ずっと歩いていくんだな。

1000人いたら、1000コの、色もカタチも異なるポケットがあるんだろう。

(本文引用/『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 著:リリー・フランキー)
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